4月の最初のレッスン日のこと。
今年の発表会の話になったのだけれど。
「いろはさんは月2回のレッスンで、あと3か月で新しい曲を仕上げるのも大変でしょう。強制じゃないから、出なくてもいいのよ?」
と、発表会の話をするのが申し訳ないといった感じに切り出された。
でも、私は今年も出たいと思っていた。
ベートーヴェン好きな父が2月に永眠したのをきっかけに、ベートーヴェンの、今まで弾いた事のない曲を弾いてみたいと思ったから、私は先生に、
「出たいと思います。今年は出来ればベートーヴェンを弾きたいです。」
個人的には、ベートーヴェンのピアノソナタ20番の1楽章が弾けたらいいなと思っていたから、譜面台に置かれたソナチネアルバム1を指さしながらそう伝えた。
私は今、全音のソナチネアルバム1を、巻頭の練習順序に沿ってレッスンを受けている。
今練習しているのは、クーラウのOp.20 no.2だから、ベートーヴェンのピアノソナタ20番でもレベル的には無理がないような気がするし、明るく始まる曲調も発表会向きなのでは、なんて勝手に思っていた。
それに、レッスンでは『大体弾けるようになったら終わり』になるのが常だから、好きな曲(楽章)に数か月じっくり取り組めるのも魅力的だなと思っていた。
「19番は暗いから……20番の方が明るくていいわね。この曲なら、いろはさんも弾けるわよ。」
その言葉に、私の顔は明るくなった。
「でも、折角の発表会だから、もう少し難しい曲でもいいと思う。ピアノソナタがいいの?すっごく有名なソナタなんてどう?」
有名なソナタ……。
恐らく、昨年も軽く候補にあがった、月光の1楽章や悲愴の2楽章のことなんだろうなと思った。
昨年は、こんな有名で難しい曲、人前で弾くなんて恐ろしくて嫌だ!と思った。
でも今年は、頑張ってチャレンジしてもいいかも……。
というか、『ピアノソナタじゃなきゃいやだ』というわけでもないのだけど。
20番の1楽章が弾けたらいいなと思ってはいたけれど、ベートーヴェンを弾くということに私的には大きな意味があるので、ピアノソナタにこだわっているわけではなかった。
いや、憧れではあるから、弾けるものなら弾いてはみたいんだよ?
なんて、一瞬のうちに頭の中であれこれぐるぐる考えていた様子が、先生にどう捉えられたのかは分からない。
言葉を発せられずにいたから、難色を示しているように見えたのかもしれない。
「そしたら、色々見繕っておくわね。」
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次のレッスンでは見繕ってくれた曲を知ることができる。
どんな曲かな~?とめぐらせるだけで心からわくわくできた。
そして、昨日。
”色々見繕ってくれた”曲がいよいよ発表された。
「ピアノソナタがいいって話だったけど、もう少し柔らかい感じの方がいいかなと思って。」
先生から提案された曲は、
・ギロック 雨の日のふんすい
・グリーグ 抒情小曲集 Op.54 no.2
その他、この2人が作曲した中から、数曲。
え。ちょっと待って。
ベートーヴェンどこ行った???
確かに、出来ればベートーヴェンを弾きたいと、「出来れば」を付けてしまったよ。
だから、他の作曲家の曲を提案されるのは自然な話かもしれないけど、ベートーヴェンの曲が一つもないのは何ゆえ。
レッスンが終わった直後であった為、まだピアノの前に座ったままの私の前に、2冊の楽譜が広げられたんだけど、あまりの衝撃に、わかりやすく固まってしまった。
そして、頭の情報が追い付かずパニックになりながらも、発見してしまった。
ちょっと……。ギロックの本、オレンジ色の帯が付いてっぞ……?
さっきも書いたが、ピアノソナタじゃなきゃいやだ!というわけではない。弾けるものなら弾きたい、憧れではある、それだけだ。
そう言えれば良かったのかもしれないけれど、ピアノソナタだから却下された、というわけでもないような気がしてきた。
何と言っても、オレンジ色の帯……。あれって確か……。
今売られている全音の本にはないが、昔はレベル毎に色分けした帯が、本に巻かれて売られていた。
オレンジ色の帯は確か、入門用とされる『第一課程』、初級用とされる『第二課程』を意味していたはず。
そして、後に分かったが、今回提案されたギロックの本は、「こどものためのアルバム」という物で、帯には『第一課程』と書かれていた。
因みに、かつてブルクミュラー25の練習曲には『第二課程』の帯が付いていた。
レベルは簡単に比較できるものではないのかもしれないけれど、「ああ、そっかー」とは思うよね。
ピアノソナタ20番よりも難しい曲を、なんて言っていたのは、
【20番を諦めさせるために気を使った言い方をした】
ということなのだろう。
私に基礎力がないから、ソナタをやる・やらない以前に、パリッとした古典派なんて弾いたらボロ出まくりできついだろう?恥かくぜ?そう告げられたように感じ始めた。
そして、すっごく有名なソナタと言ったのが、前回のレッスン時でも思ったとおり、月光の1楽章と悲愴の2楽章、この2つのことだけをさしていたと仮定すれば合点がいく。
・確かに20番より難しいのだろう
・そのレベルじゃなくても弾きたがる大人の生徒が多数いるから、私が下手な演奏をしても悪目立ちせず、先生としてもそう恥ずかしい思いをする訳ではない
(発表会は、よその教室との合同発表会である)
とまぁ、こういうことなのだろうと、ただの思い込みもあるかもしれないけれど(元々、古典派があまり好きではなさそうな先生ではあるので、単純に気がのらないという可能性もなくはない)、あらかた当たっているような気がする。
「どうかしら?やっぱりピアノソナタがいい?」
なんて答えたらいいのか……、やっとの思いで絞り出せたのが、
「知らない曲すぎて、、、」
だった。
音源を探しに部屋を出ていった先生。
構わずSpotifyで検索し、雨の日のふんすいを流してみた。
あー、上手な小学校低学年が弾いている動画を何度か見たことがあるわ。
いい曲だよね。ほんと綺麗。きちんと弾くには難しいんだと思う。ピアノを再開したての頃、弾いてみたいと思ったような記憶もある。でも、この発表会で弾きたいわけじゃないんだよ……。
グリーグも聞いてみたけど、もう、上の空。何も頭に入ってこない。
なかなか話がまとまらない(私にその気がないのでまとまるわけがない)ので、特別に楽譜をお借りして帰ることに。
帰り際、うまく笑顔をつくれてたかなぁ。
行きはわくわくしながら教室に向かったのに。
帰りは、教室からの帰り道史上、ぶっちぎりで足取りが重かった。
わがままみたいでみっともないけれど。
はっきり言って、もう、発表会は出たくない。
(元々、出たければ出ていいよスタンスだし)
なんて断ろう、どう言えば気まずくならずに済むかな、今はそんなことばかり考えている。
ベートーヴェンの20番は、今年中にレッスンで弾くことになるだろうから、その時頑張ればいいさ。